私達は日本キリスト教団のホーリネスの群れに属する、プロテスタント教会です。
1920年小松原の地に開拓伝道がスタートし、その後、世界の戦禍をくぐり抜け、1953年現在の八番丁に移転しました。その時、「日本キリスト教団 丸の内教会」と命名されたのです。‟丸の内”という名前の通り、和歌山城を取り囲む武家屋敷の跡地にたっています。
人にたとえれば100歳以上です。これからも、この地の歴史と共に、そして皆様と共に歩み、聖書の言葉を光とし、灯台の役割を果たしていけたらと願っています。

教会の歴史
1919年(大正8年)丸の内教会は、日本ホーリネス教会により、ここ和歌山の地に福音の種が蒔かれたことに始まります。

1929年 当時の和歌山ホーリネス教会堂と信徒達
1920年(大正9年)から1931年(昭和6年)
この約10年間、依田豊七牧師が教会形成に尽力されました。

その働きの最初の実として、洗礼を受けられたのが青年時代の尾鼻藤太郎兄(のちに牧師となる)でした。
1942年(昭和17年)
第二次世界大戦により、ホーリネス教会弾圧事件が勃発しましたが、終戦により、その苦難を乗り越えることができました。

1954年 八番丁への移転と教会堂建築当時
1953年(昭和28年)
現在の場所(和歌山市八番丁)に教会堂が与えられ、教会名を「日本基督教団丸の内教会」と命名しました。
約60年に及ぶ尾鼻藤太郎牧師の伝道牧会時代には、教会が大きく成長し、礼拝出席平均87名を数えました。

左の写真は1958年の姿
1988年(昭和63年)
尾鼻藤太郎牧師の隠退後、和田賢治牧師、安藤修牧師、中島恵美子牧師(代務)、千木良克巳牧師、三枝道也・育代牧師、宗盛興・保子牧師と期間の長短はあれ、多くの先生方のご指導を頂きました。この間に、新会堂の建設がなされたものの、いくつかの問題が生じ、痛みを覚える事もありました。
けれども神が、それさへも益へと変えてくださり現在に至ります。
また、地方都市で生じている若者の大都市への移動もあり、礼拝出席は減少傾向にあります。加えて、日本全体で課題となっている高齢化の波は丸の内教会にも押し寄せています。そのような中でも「つれもて行こら(和歌山弁で一緒に行きましょうの意)」を合言葉に、自動車での送迎を行うことで、ご高齢の信徒の方々、皆で共に礼拝を献げることができています。
2025年(令和7年)新しく富山信牧師を迎え、訪問・家庭集会を用い、「誰一人孤立することがない教会」「明るい笑顔の教会」をめざして、教師と信徒が共に祈り支え合い、主の御顔を仰ぎつつ、満たされた信仰生活を歩んでいます。
教会墓地(和歌山市内、教会から車で30分ほど)
和歌山市内に教会墓地があります(車で30分ほど)
年に2回、皆で墓前礼拝をお献げしています。
3〜4月のイースター(復活祭)
11月の聖徒の日(永眠者記念礼拝)です。

